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第31回ぴあフィルムフェスティバル 映画監督クリント・イーストウッド誕生 2009/7/21~8/5

加藤久徳(映画ライター)
71/クリント・イーストウッド監督。この作品は見直す予定になかった。周囲の仲間がみな見るので、改めて見ておかないと後で困りそうなので、仕方なく観たというのが本音。かつて見た人なら、恐怖のヒロインであるジェシカ・ウォルターの天井に反り返ったあの鼻は忘れられないだろう。後年、“ストーカー”という言葉が偏執的かつ狂人的追っかけを意味するようになったとき、ストーカーという言葉が耳に入るたびに、ウォルターの顔が脳裏に浮かび、身体がブルった。それから10数年後、この映画をモデルにしたという『危険な情事』を見たときは、ウォルターの顔は思い出さなかった。グレン・クロースの格調あるアカデミー候補的演技とは次元が違うだけでなく、クロースの鼻は天井に反り返っていなかったから。ウォルターのあの顔(鼻)は、ヒッチコック監督の『サイコ』(60)のラストシーンに被さる骸骨と同じ。演技賞なんか与えたら、一生追いかけ回される。祟られる。本当にそう思わさせるほどの怖さがあったのだ(実際にはゴールデン・グローブ賞を受賞しているが)。
とにかく、この映画には理屈というものは存在しない。そのせいだろうか、複数の特定の客がよく笑うこと。後半、ウォルターが刃物を振りかざすたびに笑っていた。可笑しいから笑うのは人間の自然な反応だが、スリラーとして作られた本作が、21世紀の今、これほど笑いの対象となるのは想定外で、そら恐ろしいものを感じた。上映後、今回初めて観たという若い男性客が「笑いすぎだよ」とため息まじりに呟いていたのが気の毒だった。
何が客を笑わせたのか? ケータイもパソコンもないダイヤル電話の世界。実にゆったりした、今観るととても温暖な時代に見える。ストーカー女に魅入られた自称二枚目のDJの女難の相が馬鹿馬鹿しかったのか。人の災難を笑うのが喜劇の本分であることを考えれば、笑って当然かもね。とはいえ、人の迷惑になる笑い声はストーカーと同じだ。
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加藤久徳(映画ライター)
72/クリント・イーストウッド監督。イーストウッド最初のメガフォン作品と知られる『白い肌の異常な夜』のメーキング作品。イーストウッドが余裕たっぷりに師匠シーゲルを絶賛している。出てはいるがシーゲル自身のコメントはなく、共演者たちのインタビューがあるわけでもない。たった12分間でも、これまで抜粋ばかりでまともに紹介されなかっただけのものがある(笑)。
はっきり言えるのは2点。35ミリフィルムで本作が製作されていることと、普通、シーゲル監督の名前はタイトル上では常にドナルド・シーゲルと表記されながら、日本の媒体表記ではなぜかドン・シーゲルと紹介されるシーゲル監督だが、この短編ではイーストウッドは、ドン・シーゲルと発音している。やっと納得した。
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加藤久徳(映画ライター)
71/ドナルド・シーゲル監督。リアルタイムでは丸の内松竹でのロードショーで見たが、とにかく客がいなかった。“白い肌~”のような、その手の邦題が得意な(東映などを含めた)業界人がまだゴロゴロしていた時代の産物のような(普通な)題名であり、客の方もまたか…程度の反応であっただろう。しかし、この映画、タイトル通りの異常な映画である。しかもリアルタイムで見たよりも、今回の方が遙かに面白い。あの頃には分からなかった近親相姦の描写は、今のほうがズッと納得できる。子供の見る映画ではなかったのだ。
南北戦争末期を時代背景に、南部の富裕家庭の令嬢たちに英才教育を施す女子学園に北軍の負傷兵(イーストウッド)が担ぎ込まれるもの。当時アカデミー賞3回ノミネートの、後のオスカー女優ジュラルディン・ペイジが園長に、『いつか見た青い空」(65/ガイ・グリーン)でノミネートの経験を持つエリザベス・ハートマンが若い教師として、それぞれイーストウッドの相手役(この二人はフランシス・コッポラ監督の『ユア・ビッグボーイ・ナウ』〈69 未公開 ビデオ・タイトル『大人になれば…』〉で共演の過去がある)を務めるが、この演技派女優たちとアクション派のイーストウッドが演技合戦をするのだ。しかもイーストウッドはほとんどのシーンで寝たままか、松葉杖を突いた状態である。そっちのほうがよほど異常な気がする。
女の園に迷い込んだ美形の北軍伍長の女性蔑視な性格は、『マンハッタン無宿』のチャラ系暴力警官とほとんど変わらない。伍長が負傷の直前に行った蛮行がインサートされ、この後の伍長の運命が自業自得であることが早々と暗示され、当然のように淫らな3Pシーンが女性の夢として描かれる。まるでアメリカ製ロマンポルノにしか見えなかった。ただし、ソフト版であり、そこらへんに監督D・シーゲルのアート志向があったようにも思えるけど、同傾向のアート映画なら、オスカーの候補にもあがった世界的話題作『砂の女』(64/勅使河原宏)には及ばない。『砂の女』は日本では20代観客を中心に大ヒットしている。その『砂の女』に殺到した若者たちが8年後、TV『ローハイド』やマカロニ西部劇の男臭いイメージを持つイーストウッドのソフトポルノなど、見たいとは思わないよ。
熱演は認めるが、うば桜すぎるペイジの近親相姦演技も、23歳という役柄が似合わないハートマンの色香のなさ(1944年生まれだが、41年、43年説もある人だ)も、日本人の目には無理だ。それでも、トータルでは今回いちばん面白いイーストウッド映画であった。共和党タカ派のイーストウッドが男尊女卑を声高に掲げた、極めて正直な映画として評価できる。
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加藤久徳(映画ライター)
68/ドナルド・シーゲル監督。原体験としては、最初にテレビ、2、3年後に名画座時代のテアトル新宿で見た映画だ。その懐かしの『マンハッタン無宿』は、今の僕にはあまり面白いものではなかった。田舎のアリゾナで呑気に捕り物をしていたチャラ系暴力保安官(イーストウッド)が、ある日突然、上司の命令でニューヨークの警察署までアリゾナ出身の無法者(ドン・ストロード)の引き取りに向わされるもの。テンポがのろく、近年のスピーディでバイオレンス重視な犯罪映画に慣らされているだけに、クライマックスに至るまでの展開に幾度かアクビが出た。シーゲルが監督なのに、時間軸のゆったりとした流れの中にセルジオ・レオーネを思わせたのは、自身のマルパソ・カンパニーで製作するイーストウッドの注文か。単純な内容に脚本家が3人という構成にもやはり首を捻る。配給先が納得しなかったのかもしれない。
何れにしろ、テンガロンハットにウエスタン・ブーツ。テキサス育ちの青年を主人公にした『真夜中のカーボーイ』(69/ジョン・シュレシンジャー)より半年早くN.Yに進出させたこれはまるで『真昼のカーボーイ』である(日本公開は本作が69年2月15日、『真夜中のカーボーイ』が同年10月9日)。両作ともニューヨークの断面を描いているが、長いベトナム戦争で疲弊し、精神が荒みきった都会の人間の裏側を鋭くえぐった『真夜中のカーボーイ』と違って『マンハッタン無宿』は、公費でやってきた田舎警官のある意味、都会の観光ツアーの側面が仄見える。田舎、田舎と書いてて叱られそうだが、本作に登場の警察署内もすでに宇宙時代のはずなのに、今の目で見れば極めてローカルであり、のんびりしている。ウエスタンルックのイーストウッドがなぜに皆からバカにされるのか理解できないくらいだ。映画の世界を構築するためにわざとスキを作っているとしか思えない。翌年に『フェイシズ』(68/ジョン・カサヴェテス)でオスカーの候補にあがるセイモア・カッセルがイーストウッドに張り倒されるだけで出演しているのがご愛嬌だが、1年違えば、別の俳優が演じていたかもしれない。
全てが終わったあとで、N.Yの刑事部長(リー・J・コッブ)が若いイーストウッドに敬意の念で握手を差し出すところは、『夜の大捜査線』(67/ノーマン・ジュイスン)のラストの逆の発想か。どうやらリアルタイム的には、『マンハッタン無宿』が『夜の大捜査線』のパロディ(あるいは盗用)と見られていたとしてもおかしくはないな。
最後に2点。イーストウッドが若者のたむろするクラブに出かけるが、そこでは巨大な黒いクモの映像がクラブの壁に映っている。あれはイーストウッドが出演した『タランチュラの襲撃』だ。イーストウッドが自分の出演作をクリップとして自作に入れるのは有名だが、自社製作2本目の現代劇からもう入れていたのが分かる(『タランチュラの襲撃』も本作も、ユニバーサル映画配給だ)。
クライマックスの売り物である公園内でのオートバイ同士のチェイスは、スタントマンを使わないことを信条とするイーストウッドの独壇場と言いたいところだが、車と違ってバイクは小回りがきく分、危険シーンがとても多い。犯人運転のバイクを避けたり、橋上から飛び降りるなどはご本人だが、バイクでの階段の逆上がりなどの高度な技量を要するシーンなどはスタントマンだと思う。かなりなシーンでイーストウッドの表情は不鮮明。多くは後ろ姿だった。ロケ地などの状況から察すると、たとえ本人がやると言い張っても、シーゲルをはじめ、周囲が止めたはずだ。新興プロダクションの経営者の立場としても、無責任なスタントは許されるはずはなかったと思う。
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第18回東京国際レズビアン&ゲイ映画祭 2009/7/10~7/20

加藤久徳(映画ライター)
[To Faro」
ドイツ版『ボーイズ・ドント・クライ』と紹介されている。その通りに主人公の女の子ジェニーに扮する女優はボーイッシュにキメているが、後に女ボクサーを演じる先代のヒラリー・スワンクほど逞しさはなく、日本人の目線ではヅカっぽく見える。それでもこれまで不恰好なおんな男(あるいはその逆)ばかり映画で見せられてきた人間には、この映画の主人公は許せる。また、許せないとこの映画は、付いていけない。
男になりたい。男になって女の子と恋をしたいのが主人公ジェニーの願望。そのために家族、仕事仲間はおろか、恋した彼女にさえ徹底的に虚偽の事実を作り上げ、嘘で嘘を塗り固めていく。傍目には愚行だが、ジェニーの必死な気持ちは十分に伝わってくる。だからと言って先行きに希望が見えないのは、主人公に独立意識がないことと、相手の少女が14歳という年令から。クライマックスは感動的だが、僕が求めるようなファイナルではない。公開される可能性は五分五分なので、これ以上は書くまい。
ちなみに、僕にはジェニーをイメージさせるような知人(友人ではない)が近所にいる。ルックス的には完全に男となって社会生活を送っている。生活基盤が出来上がっているのだ。つい先頃、可愛らしい女名前から空想上の動物をとった猛々し過ぎるほどの男名前にチェンジした。周囲の人間は「アイツは本当は女だ!!」と陰では冷ややかに噂しているものの、本人は一向に気にしていない。ホルモンの関係か、薬の副作用か知らないが、朝方によく鼻血を出していた。それでもめげずに仕事をしている“彼”を僕は尊敬している。本作を見ながら“彼”を思い出して見ていたことは当然のことだ。ジェニーを見ているとき、今では男の中の男みたいになってしまったあの“彼”も、昔はこんな時期があったのかもと勝手に納得する僕だった。
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第18回東京国際レズビアン&ゲイ映画祭 2009/7/10~7/20

加藤久徳(映画ライター)
「Tru Loved」
レズビアンの母親を持つ16歳の女子高生トゥルーが、フットボールのスターを夢見る黒人の同級生の頼みで、彼がゲイであることを隠すために、恋人の振りをするというややこしい物語。爽やか系青春映画の側面こそあるが、前面に立つのはゲイ開放人権宣言のためのPRである。同じ青春の苦悩を扱いながら、香港映画『この愛の果てに』とは製作規模も思考も全く違う。アメリカ映画『トゥルー・ラブ?』には南カリフォルニアの暖かな陽光が全編にみなぎる。香港のじめついた湿気がない。この映画の魅力は1にも2にもその明るさだ。
とはいえ、フットボールのスター選手にカミングアウトした人がいないからと、白人の女の子に恋人依頼を出す黒人少年なんて、公民権運動の時代を考えれば信じられない変革。黒人差別は今もアメリカに根深い事実だから、南部周辺ではこの映画は上映が可能なのか? あまりにも明るいがゆえにこの映画は、おとぎ話に見えた。この映画の二日後に『アウトレイジ』を見てしまってからは、本作はゲイと黒人差別撤廃のためのダブルPR映画と僕は思った。
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第18回東京国際レズビアン&ゲイ映画祭 2009/7/10~7/20

加藤久徳(映画ライター)
「End of Love」
金もなく、家族もなく、学歴もない、独りぼっちの若者のいく果ては?
ハンサムであるがゆえに体を売ることを覚え、友達との友情のゆえに麻薬を覚えたとしてもそれらは人生の一断面にすぎない。主人公にはまだ先がある。しかし、それが映って見えないのは、フィルムメーカーたちが自国(香港)の将来に希望を抱いていないからだろうか?
社会性や風俗も覗いてみえた『美少年の恋』が懐かしい。
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第18回東京国際レズビアン&ゲイ映画祭 2009/7/10~7/20

加藤久徳(映画ライター)
「Outrage」
同性愛者でありながら、それを隠し、または否定しながら議員活動を続ける政治家のことを“クローゼット議員”と呼ぶそうだ。本作はそれを真向から暴露するゾッとするような告発ドキュメンタリー。まもなく任期が終わる大統領の半生を描いた『ブッシュ』(09)なんかよりショック度は尋常ではない。名指しされる議員たちはジェンダーな人たちから見れば、二重生活を送る仮面の男たち。僕らが映像から提供される情報から考えれば、軽蔑すべき奴らだが、さて、それ以外の公の部分ではどうなのだろう。私の部分だって本当のところは分からない。編集も巧みで、メッセージが強烈であるだけに、最後まで持っていかれてしまったが、その後はどうなったか、あるいはどうなるのか、実に気になる問題作。
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加藤久徳(映画ライター)
「CANDY RAIN」
台湾映画は鈍臭い。という僕のイメージがここでも最後まで息づいていた。女の子どうしのラヴストーリーを4話のオムニバスとして描くスタイリッシュな物語。扇情的でエキセントリック。しかし、テンポもリズムもハーモニーも感じない。
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第18回東京国際レズビアン&ゲイ映画祭 2009/7/10~7/20

加藤久徳(映画ライター)
「Patrik,age 1.5」
今映画祭のプログラムは、2009年現在のゲイ社会の実情をかなり反映させていて、解かりやすい。今現在、同姓婚を認める国が8カ国ある。そのうちのスウェーデンとスペインの映画が今回入っていおり、両国ともそれを頭に入れておかないと分からない仕組みの映画になっている。スウェーデン映画『パトリックは1.5歳』は、養子縁組みを望むゲイカップルを主人公にしていて、最初からすでに結婚した二人として現れるから一応納得いくのだが、カップルの年長の方は、妻娘を捨てて離婚した男というイメージが最後まで付いて回るから、幸せな結婚を果たして養子をという状況が日本人の目には弱い。いわゆる不倫を声高に認めた映画とも見えるのだ。その分、興味深い展開になったのも事実だ。
世界でもっとも豊かな晩年を送れることになっているはずの北欧スウェーデンの、閑静な住宅街が舞台。その見事なほどに画一的な家々に住む人々との地域コミュニケーションが本作の核になっている。1.5歳ならぬ実は15歳の不良少年パトリックを演じる俳優は少年時代のドルフ・ラングレンはこんな風だったのではと思えるような容貌でなかなかいい。つまり、今は繊細だが、成長するとゴツゴツした偉丈夫になるということだが(笑)。
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加藤久徳(映画ライター)
「I Can’t Think Straight」
国籍は英国映画。ロンドン在住のパレスチナ系ヨルダン人女性タラとインド系イギリス人女性レイラの恋物語である。出演者は全編英語で喋り、基本的にはロマンチックコメディである。宗教(イスラムとクリスチャン)と文化の違いが濃厚に出ているものの、さほど固さを感じないのはやはり英語で作られているせいだ。いくら国を出て実業家として成功を納めた金持ち一家の話とはいえ、お国言葉が一言も出てこないのはある意味不自然。この映画、一種のスクリューボール的雰囲気を醸し出しつつ、家庭間、民族間の約束事が出てこない。外国人に見せるためにひたすら英語で突っ切っていく。シナリオもまた、言語的に違和感を出さないように工夫はしている。突っ込みを入れるとしたら、ヨルダンの遺跡を訪ねたレイラが自分の友達と話す短いシーンは、たぶん本来はインドの言葉なのではないかと疑う程度。何れにしろ、民族的なものを言語によって映画に求める人には少々不満かも。
僕が最後まで楽しめたのは、登場する女性陣がみな奇麗だったから。ささいな部分はどうでもいい。そんな映画だ。
知り合いの中年女性が「あんなヨルダン女のどこがいいんだ」と怒りまくっていたが....。
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第18回東京国際レズビアン&ゲイ映画祭 2009/7/10~7/20

加藤久徳(映画ライター)
「An Englishman in New York」
「アイ・アム・エイリアン~」で始まるスティングの同名曲のモデルになったという老作家クエンティン・クリスプのアメリカ時代を描く伝記的映画。映画『エイリアン』で知られるマニア的名優ジョン・ハートがニューヨークのエイリアン(異邦人)演じるなど、それこそマニアの僕には絶妙のキャスティングである。
たった75分の映画だが、時代の推移を巧妙におさめた脚本の上手さと、気品すら漂うジョン・ハートの好演で最良の映画となった。見終ったあとの余韻も大きい。年号こそ出てこないが、映画『トッツイー』(82)の登場で時代が特定出来る。その後に現れる“エイズ禍”だが、同時代的に当時、自分が友人の一人に「エイズって知ってる?」と、真顔で聞いたあの頃が思い出されて懐かしい。ストレートの目で見れば他人事の世界であった。主人公がトークショーでエイズ問題を問われたとき、「あんなのは流行病よ」と一蹴するシーンは、今だからこそバカなことを言ってと思える言葉だが、当時の僕がそれを聞いたら「フ~ン。成程ね」と相槌を打ったと思う。リアルタイムなんてそんなもんだ。この『イングリッシュマン・イン・ニューヨーク』を感動的な映画と平然と書けるようになった。僕も世の中も変わった。
ロバート・デ・ニーロに負けない肉体派成りきり俳優J・ハートは、最初から老人を演じているが、20年間の肉体の衰えを肌にも声にも足取りにも表現して見事。熱演も多いのにオスカーには無縁。アカデミー協会は彼を差別しているのか?
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プロフィール

れがあるF

Author:れがあるF
 新作映画の公開に先立ち、映画会社は宣伝のため、「試写室」と呼ばれる映写施設で上映会を行なう。
 これは「試写室」に出入りすることを許された、映画を見るプロたちが推薦する最新作をランキング形式で発表する企画。 すなわち、真の必見作がここにある!

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