HOME   »  イーストウッド2009
RSSフィード iGoogleに追加 MyYahooに追加
上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。
http://pff.jp/31st/lineup_invitedworks_tokyo.html
第31回ぴあフィルムフェスティバル 映画監督クリント・イーストウッド誕生 2009/7/21~8/5

加藤久徳(映画ライター)
『夕陽のガンマン』(65/セルジオ・レオーネ)は名画座以来、30数年ぶりの対面だが、『続・夕陽のガンマン』(66/セルジオ・レオーネ)はフィルムセンターでのイタリア特集以来だから今世紀2度目であり、実際はそのとき2度観ているから、今世紀3度目の対面ということになる。まさか10年もしない内に同じフィルムセンターで再見することになるとは思わなかった。3時間もある『続・夕陽のガンマン』は前回観た友人たちは長いので誰も観に行かなかったが、僕はまた観た。イタリア特集のときはイタリア語版であり、今回はオリジナル英語版。それで観たかった。日本初公開も英語版のはずだから、初めて観るわけでもないのに、この映画にはこだわりがある。イーストウッドではない。テュコ(今回の訳ではトゥッコ)を演じるイーライ・ウォラック(今も現役で、『ミスティック・リバー』にノン・クレジットで出演している)という役者がお気に入りだからだ。両作に出演しているリー・ヴァン・クリーフもまた同じ。僕は役者狂いだ。ラストでテュコがジョー(イーストウッド)に向って「ブロンディ~!」と英語で叫ぶ姿を銀幕で観たかった。このシーンを観るためには3時間もかかるではないか。それに被さるモリコーネ節を銀幕で聞きたいというこだわりも大きい。サウンドトラック盤は現在に至るまで、何百回も聞いているくらいだ。女性コーラスをバックに墓場を徘徊するウォラックの姿は、僕にとっては映画史に残る名演であり、名場面である。
『夕陽のガンマン』の方はあまり面白かった記憶はないが、モリコーネ節の良さに変わりはない。とにかく、この映画は役者を見るのが楽しい。この後、イーストウッド同様に大物俳優となるジャン・マリア・ヴォロンテや怪優クラウス・キンスキー、ローズマリー・デクスター、フェルナンド・サンチョ、アルド・サンプレル、ルイジ・ピスティリといった有名無名な個性派俳優たちがドッと出ているので確認の意味がある。
この中で銀幕で初見のとき、ヴォロンテとサンチョの2人だけはすでに知っていた。故淀川さんの日曜洋画劇場を見ていたとき、ひんぱんにマカロニ西部劇を(未公開を含め)放映していたためで、淀川さんは特にサンチョがお気に入りだったから、僕もこのサンチョを覚えた。ジョン・ウェインとやらを知ったのは、映画狂になって劇場に出かけるようになってから。西部劇の原体験はTV放映のマカロニ西部劇と、チャック・コナーズやロバート・フラーが出ていたTV西部劇だった。ジョン・フォードやアンソニー・マンの西部劇ではなかった。この体験が幸か不幸かは話をする相手によって変化するので何とも言えない。ところで、イーストウッドが出ていた『ローハイド』は僕の意識の中にはない。16ミリフィルムを使った映画上映会が盛んだった70年代半ば、テレビシリーズの1挿話を銀幕で初めて見せられたとき、ディミトリー・ティオムキン作曲の勇壮なテーマが流れるオープニング・タイトルに“感動した”のが案外最初かも。その挿話でのイーストウッドはチョイ役で、その点はガッカリした。意外なほど大した役者に見えなかったからだ。
今回のプログラムにはイーストウッドの出世作『荒野の用心棒』(64/セルジオ・レオーネ)がなかった。PFFのAプロデューサーが言うアジア圏貸し出し禁止の映画って、もしやこの映画のことか? この『荒野の用心棒』の体験はTV放映が2度、スタンダードサイズにトリミングされた16ミリフィルムの上映を1度体験。未だ35ミリ・テクニカラー・スコープサイズの体験がない。今回の有り難い特集のおかげで、今後観るチャンスが遠のいたのも事実だ。
最後に、親友の映画唯物論者・三隅繁によるこの特集の総括だが、色彩面ではダメ出しだった。今回僕が観に行った6作品の長編は全てオリジナルがテクニカラー・プリントなのだが、その色柄は全てイーストマン・カラーであったと指摘する。いくらブラックスタイルのAプロデューサーが「現段階でいちばん良いプリントです」とステージ上で胸を張っても、無意味と断言した。イーストマンだと肌色の発色がとても奇麗に映ることは確かだが、それでもオリジナルの色ではない。「初公開当時より今回の方が奇麗だと思います」というAプロデューサーのコメントも納得はいくが、僕も見ている公開当時の色彩が、今回の復元では全く違うと直言されると、引き摺られてしまう。『続・夕陽のガンマン』のエンドクレジットの最後で、復元に関わるスタッフ、会社名の表記があった。その中にはローマ・テクニカラーの名があったが、さて、どのような復元工程がなされたのか。三隅先生は今回、それだけは観ていない。しばらく揉めそうだ。
スポンサーサイト
http://pff.jp/31st/lineup_invitedworks_tokyo.html
第31回ぴあフィルムフェスティバル 映画監督クリント・イーストウッド誕生 2009/7/21~8/5

加藤久徳(映画ライター)
73/クリント・イーストウッド監督。この特集で久しぶりに再会した女性の映画友だちがこう言っていた。「『愛のそよ風』だけは絶対に見ない。TVで見たときは本当に頭に来た。イーストウッドって、男尊女卑でしょ。いつも女を見下している。はっきり言って嫌い。何よあの女の描き方! 馬鹿にしているわよ!!」と、凄まじい剣幕だった。
映画を観た人なら分かるだろうが、全くその通りである。PFFのパンフでいくら青山真治氏が感動の絶賛文を寄稿しても、説得力に欠ける。およそ男にとってご都合主義の可愛い女の子との恋物語。若かりし頃のセックスアピールを失った(老け衰えた)ウィリアム・ホールデンがそのご都合主義の代弁者では、日本で公開されるはずもない。一旦は輸入されたはずだから、試写の段階でダメ出しされたのだろう。
ところで、映画の前段を見ていて当惑した。悠々自適にシングルライフを送っている男が、ある日、見も知らぬ女の訪問を受け、気づいたら母屋を乗っ取られている。その言葉巧みにズケズケと、男の家の中に、そして心の中に入り込んでくる強引な女のヒット&アウエーたるや、まるで『恐怖のメロディ』そのままじゃないか……。
そりゃそうだ。あとでクレジットを確かめてみたら、脚本と製作助手はジョー・ハイムズであり、彼は『恐怖のメロディ』の原作者で脚色者だったのだ。鼻が天井に反り返った30女を、面立ちがスッキリした17才の美少女(演じるケイ・レンツは当時19才)に代え、恋愛中の30男を離婚後の50男(劇中のホールデンのセリフを素直に受けとめれば、彼の役柄は40男ということになるが、娘の手前、さば読みしていると思う)に代えると、スリラー(あるいはコメディ)がラヴロマンスに様変わりする。名作『ピクニック』(55/ジョシュア・ローガン)の時代とは容貌が一変しているホールデンの辛気くさいマスクはそのままスリラーにチェンジ出来るほどだが、イーストウッドは往年の二枚目大スター・ホールデンの体面を保つなど、演出はことさら優しい。
それにしてもイーストウッドは、なぜこんな年の差恋愛を描いたのだろう。仕事には忠実だが、自分のプライバシーはきっちり守る孤独を愛する主人公は、そのままイーストウッド自身を想起させる。後に『アウトロー』(76/クリント・イーストウッド)で20才年下のソンドラ・ロックと巡り逢うことを考えると、『愛のそよ風』はイーストウッドの理想の恋愛を具現化したもののように見える。それ以上でもそれ以下でもない。男根主義だな。
http://pff.jp/31st/lineup_invitedworks_tokyo.html
第31回ぴあフィルムフェスティバル 映画監督クリント・イーストウッド誕生 2009/7/21~8/5

加藤久徳(映画ライター)
71/クリント・イーストウッド監督。この作品は見直す予定になかった。周囲の仲間がみな見るので、改めて見ておかないと後で困りそうなので、仕方なく観たというのが本音。かつて見た人なら、恐怖のヒロインであるジェシカ・ウォルターの天井に反り返ったあの鼻は忘れられないだろう。後年、“ストーカー”という言葉が偏執的かつ狂人的追っかけを意味するようになったとき、ストーカーという言葉が耳に入るたびに、ウォルターの顔が脳裏に浮かび、身体がブルった。それから10数年後、この映画をモデルにしたという『危険な情事』を見たときは、ウォルターの顔は思い出さなかった。グレン・クロースの格調あるアカデミー候補的演技とは次元が違うだけでなく、クロースの鼻は天井に反り返っていなかったから。ウォルターのあの顔(鼻)は、ヒッチコック監督の『サイコ』(60)のラストシーンに被さる骸骨と同じ。演技賞なんか与えたら、一生追いかけ回される。祟られる。本当にそう思わさせるほどの怖さがあったのだ(実際にはゴールデン・グローブ賞を受賞しているが)。
とにかく、この映画には理屈というものは存在しない。そのせいだろうか、複数の特定の客がよく笑うこと。後半、ウォルターが刃物を振りかざすたびに笑っていた。可笑しいから笑うのは人間の自然な反応だが、スリラーとして作られた本作が、21世紀の今、これほど笑いの対象となるのは想定外で、そら恐ろしいものを感じた。上映後、今回初めて観たという若い男性客が「笑いすぎだよ」とため息まじりに呟いていたのが気の毒だった。
何が客を笑わせたのか? ケータイもパソコンもないダイヤル電話の世界。実にゆったりした、今観るととても温暖な時代に見える。ストーカー女に魅入られた自称二枚目のDJの女難の相が馬鹿馬鹿しかったのか。人の災難を笑うのが喜劇の本分であることを考えれば、笑って当然かもね。とはいえ、人の迷惑になる笑い声はストーカーと同じだ。
http://pff.jp/31st/lineup_invitedworks_tokyo.html
第31回ぴあフィルムフェスティバル 映画監督クリント・イーストウッド誕生 2009/7/21~8/5

加藤久徳(映画ライター)
72/クリント・イーストウッド監督。イーストウッド最初のメガフォン作品と知られる『白い肌の異常な夜』のメーキング作品。イーストウッドが余裕たっぷりに師匠シーゲルを絶賛している。出てはいるがシーゲル自身のコメントはなく、共演者たちのインタビューがあるわけでもない。たった12分間でも、これまで抜粋ばかりでまともに紹介されなかっただけのものがある(笑)。
はっきり言えるのは2点。35ミリフィルムで本作が製作されていることと、普通、シーゲル監督の名前はタイトル上では常にドナルド・シーゲルと表記されながら、日本の媒体表記ではなぜかドン・シーゲルと紹介されるシーゲル監督だが、この短編ではイーストウッドは、ドン・シーゲルと発音している。やっと納得した。
http://pff.jp/31st/lineup_invitedworks_tokyo.html
第31回ぴあフィルムフェスティバル 映画監督クリント・イーストウッド誕生 2009/7/21~8/5

加藤久徳(映画ライター)
71/ドナルド・シーゲル監督。リアルタイムでは丸の内松竹でのロードショーで見たが、とにかく客がいなかった。“白い肌~”のような、その手の邦題が得意な(東映などを含めた)業界人がまだゴロゴロしていた時代の産物のような(普通な)題名であり、客の方もまたか…程度の反応であっただろう。しかし、この映画、タイトル通りの異常な映画である。しかもリアルタイムで見たよりも、今回の方が遙かに面白い。あの頃には分からなかった近親相姦の描写は、今のほうがズッと納得できる。子供の見る映画ではなかったのだ。
南北戦争末期を時代背景に、南部の富裕家庭の令嬢たちに英才教育を施す女子学園に北軍の負傷兵(イーストウッド)が担ぎ込まれるもの。当時アカデミー賞3回ノミネートの、後のオスカー女優ジュラルディン・ペイジが園長に、『いつか見た青い空」(65/ガイ・グリーン)でノミネートの経験を持つエリザベス・ハートマンが若い教師として、それぞれイーストウッドの相手役(この二人はフランシス・コッポラ監督の『ユア・ビッグボーイ・ナウ』〈69 未公開 ビデオ・タイトル『大人になれば…』〉で共演の過去がある)を務めるが、この演技派女優たちとアクション派のイーストウッドが演技合戦をするのだ。しかもイーストウッドはほとんどのシーンで寝たままか、松葉杖を突いた状態である。そっちのほうがよほど異常な気がする。
女の園に迷い込んだ美形の北軍伍長の女性蔑視な性格は、『マンハッタン無宿』のチャラ系暴力警官とほとんど変わらない。伍長が負傷の直前に行った蛮行がインサートされ、この後の伍長の運命が自業自得であることが早々と暗示され、当然のように淫らな3Pシーンが女性の夢として描かれる。まるでアメリカ製ロマンポルノにしか見えなかった。ただし、ソフト版であり、そこらへんに監督D・シーゲルのアート志向があったようにも思えるけど、同傾向のアート映画なら、オスカーの候補にもあがった世界的話題作『砂の女』(64/勅使河原宏)には及ばない。『砂の女』は日本では20代観客を中心に大ヒットしている。その『砂の女』に殺到した若者たちが8年後、TV『ローハイド』やマカロニ西部劇の男臭いイメージを持つイーストウッドのソフトポルノなど、見たいとは思わないよ。
熱演は認めるが、うば桜すぎるペイジの近親相姦演技も、23歳という役柄が似合わないハートマンの色香のなさ(1944年生まれだが、41年、43年説もある人だ)も、日本人の目には無理だ。それでも、トータルでは今回いちばん面白いイーストウッド映画であった。共和党タカ派のイーストウッドが男尊女卑を声高に掲げた、極めて正直な映画として評価できる。
http://pff.jp/31st/lineup_invitedworks_tokyo.html
第31回ぴあフィルムフェスティバル 映画監督クリント・イーストウッド誕生 2009/7/21~8/5

加藤久徳(映画ライター)
68/ドナルド・シーゲル監督。原体験としては、最初にテレビ、2、3年後に名画座時代のテアトル新宿で見た映画だ。その懐かしの『マンハッタン無宿』は、今の僕にはあまり面白いものではなかった。田舎のアリゾナで呑気に捕り物をしていたチャラ系暴力保安官(イーストウッド)が、ある日突然、上司の命令でニューヨークの警察署までアリゾナ出身の無法者(ドン・ストロード)の引き取りに向わされるもの。テンポがのろく、近年のスピーディでバイオレンス重視な犯罪映画に慣らされているだけに、クライマックスに至るまでの展開に幾度かアクビが出た。シーゲルが監督なのに、時間軸のゆったりとした流れの中にセルジオ・レオーネを思わせたのは、自身のマルパソ・カンパニーで製作するイーストウッドの注文か。単純な内容に脚本家が3人という構成にもやはり首を捻る。配給先が納得しなかったのかもしれない。
何れにしろ、テンガロンハットにウエスタン・ブーツ。テキサス育ちの青年を主人公にした『真夜中のカーボーイ』(69/ジョン・シュレシンジャー)より半年早くN.Yに進出させたこれはまるで『真昼のカーボーイ』である(日本公開は本作が69年2月15日、『真夜中のカーボーイ』が同年10月9日)。両作ともニューヨークの断面を描いているが、長いベトナム戦争で疲弊し、精神が荒みきった都会の人間の裏側を鋭くえぐった『真夜中のカーボーイ』と違って『マンハッタン無宿』は、公費でやってきた田舎警官のある意味、都会の観光ツアーの側面が仄見える。田舎、田舎と書いてて叱られそうだが、本作に登場の警察署内もすでに宇宙時代のはずなのに、今の目で見れば極めてローカルであり、のんびりしている。ウエスタンルックのイーストウッドがなぜに皆からバカにされるのか理解できないくらいだ。映画の世界を構築するためにわざとスキを作っているとしか思えない。翌年に『フェイシズ』(68/ジョン・カサヴェテス)でオスカーの候補にあがるセイモア・カッセルがイーストウッドに張り倒されるだけで出演しているのがご愛嬌だが、1年違えば、別の俳優が演じていたかもしれない。
全てが終わったあとで、N.Yの刑事部長(リー・J・コッブ)が若いイーストウッドに敬意の念で握手を差し出すところは、『夜の大捜査線』(67/ノーマン・ジュイスン)のラストの逆の発想か。どうやらリアルタイム的には、『マンハッタン無宿』が『夜の大捜査線』のパロディ(あるいは盗用)と見られていたとしてもおかしくはないな。
最後に2点。イーストウッドが若者のたむろするクラブに出かけるが、そこでは巨大な黒いクモの映像がクラブの壁に映っている。あれはイーストウッドが出演した『タランチュラの襲撃』だ。イーストウッドが自分の出演作をクリップとして自作に入れるのは有名だが、自社製作2本目の現代劇からもう入れていたのが分かる(『タランチュラの襲撃』も本作も、ユニバーサル映画配給だ)。
クライマックスの売り物である公園内でのオートバイ同士のチェイスは、スタントマンを使わないことを信条とするイーストウッドの独壇場と言いたいところだが、車と違ってバイクは小回りがきく分、危険シーンがとても多い。犯人運転のバイクを避けたり、橋上から飛び降りるなどはご本人だが、バイクでの階段の逆上がりなどの高度な技量を要するシーンなどはスタントマンだと思う。かなりなシーンでイーストウッドの表情は不鮮明。多くは後ろ姿だった。ロケ地などの状況から察すると、たとえ本人がやると言い張っても、シーゲルをはじめ、周囲が止めたはずだ。新興プロダクションの経営者の立場としても、無責任なスタントは許されるはずはなかったと思う。
※評はすべて無料公開中

http://pff.jp/31st/lineup_invitedworks_tokyo.html
第31回ぴあフィルムフェスティバル 映画監督クリント・イーストウッド誕生 2009/7/21~8/5

加藤久徳(映画ライター)

●はじめに
7月は「ぴあフィルムフェスティバル」に出かけた。日本では異常なまでに評価の高いクリント・イーストウッドの特集である。7月21日から8月5日まで開催され、映画初出演の『半魚人の逆襲』(55/ジャック・アーノルド監督)から監督作の『父親たちの星条旗』(06)まで18作品がセレクトされて上映された。その18本の中で僕が見ていないのは『半魚人の逆襲』と『白い肌の異常な夜:ストーリーテラー』(71)、『愛のそよ風』(73)の3作品のみ。この企画を知ったとき、真っ先に浮かんだのは『愛のそよ風』と未見のままの『ペンチャー・ワゴン』(69/ジョシュア・ローガン監督)があるのかということだったが、あくまで監督イーストウッド誕生をイメージするもの中心なので、監督がドン・シーゲルでない『ペンチャー・ワゴン』が出るはずもない。でも、ミュージシャンの顔も持つイーストウッドであるから、劇中で彼が歌うミュージカル映画『ペンチャー・ワゴン』はもっとも興味をそそる1本でもある。まあ、見に行かないですむということで、良としよう。
今回は6プログラム7本を見に出かけた。やはり未見の『半魚人の逆襲』はDVD上映ということなので、やめにした。イーストウッド初期のユニバーサル専属時代の映画は『タランチュラの襲撃』(55/ジャック・アーノルド)と『全艦発進せよ』(56/ジョゼフ・ペヴニー)を16ミリで見たことがある。これらを念頭に入れると、イーストウッドを目的で座席指定・有料のDVD上映に、わざわざ見に出かけるのは気持ちの上では辛い。『半魚人の逆襲』はフィルム上映まで延々待つことにする。生きているかぎりね(笑)。

●マンハッタン無宿
評はこちら

●白い肌の異常な夜
評はこちら

●白い肌の異常な夜:ストーリーテラー
評はこちら

●恐怖のメロディ
評はこちら

●愛のそよ風
評はこちら

●『夕陽のガンマン』 『続・夕陽のガンマン 地獄の決斗』
評はこちら
プロフィール

れがあるF

Author:れがあるF
 新作映画の公開に先立ち、映画会社は宣伝のため、「試写室」と呼ばれる映写施設で上映会を行なう。
 これは「試写室」に出入りすることを許された、映画を見るプロたちが推薦する最新作をランキング形式で発表する企画。 すなわち、真の必見作がここにある!

★参加メンバー:プロフィール

★管理人:れがある

★更新情報:
cafe シネマグランプリ
(旧)シネマグランプリ雑記帖

★ランキング表一覧:
シネマグランプリ INDEX


★コンタクト:下記メールフォームをご利用ください

メールフォーム

名前:
メール:
件名:
本文:

最新トラックバック

Page Top
CALENDaR 12345678910111213141516171819202122232425262728293031
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。