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第18回東京国際レズビアン&ゲイ映画祭 2009/7/10~7/20

加藤久徳(映画ライター)
「The Others」
長いタイトルだが、映画祭プログラムいちばんの期待作はこれ。
エスニックな中堅俳優であるルー・ダイヤモンド・フィリップス。『ラ・バンバ』のリッチー・バレンス役で売り出し、幾つかの主演作もものにしている彼だが、最近はパッとしない。近作の『チェ 28歳の革命』(08/スティーヴン・ソダバーグ)では見違えるほど老けていた。『ラ・バンバ』で初めて彼を意識したときは、ダイヤモンドの名がけっこう似合った二枚目お兄ちゃん俳優だったのだ。
この映画は、アラム・コリアーなる人がフィリップスの過去の主演・出演作の中から、彼がもっともルックス的に美しく撮られたとおぼしきカット、ショットを選択し、編集して、フィリップスのみを中心に据えた1本の作品にしている。オープニングタイトルからして面白い。出演者のクレジットが、1枚タイトル、2枚タイトル、最後に and という従来表示の形でフィリップスの名前が8回も出て、全てがフィリップスで固められている。フィリップスとフィリップスの熱愛で終わるラストの編集は圧巻の極みで、レズビアン&ゲイ映画祭に出品される理由となっている。
ランニングタイムはたった9分。日本公開、未公開の劇場映画(TV作品もあるかは判断できず)のフィルムで構成されたこのアンソロジー集はフィリップスに対するアラム・コリアーの愛が詰まっているように思える。キーファー・サザーランドがチラリと映ると、ハサミを入れられず仕方なくキーファーを画面に残したコリアーのジェラシーがピカっと頭の片隅に浮かぶほどだ。
フィリップス自身が本作の内容を承知の上でゴーサインを出したか、あとで完成版を見て驚愕したか、面白がって二人で共作したかは映画を見ただけでは判断しづらい。ただ、見ている間は、本当はフィリップス自身が構成し、自己陶酔で作ったのではと思い込んでいた。これを書いた今では、コリアーとフィリップスがジャン・コクトーとジャン・マレーの関係ではと、やはり勝手に思い込んでいる。
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第18回東京国際レズビアン&ゲイ映画祭 2009/7/10~7/20

加藤久徳(映画ライター)
[To Faro」
ドイツ版『ボーイズ・ドント・クライ』と紹介されている。その通りに主人公の女の子ジェニーに扮する女優はボーイッシュにキメているが、後に女ボクサーを演じる先代のヒラリー・スワンクほど逞しさはなく、日本人の目線ではヅカっぽく見える。それでもこれまで不恰好なおんな男(あるいはその逆)ばかり映画で見せられてきた人間には、この映画の主人公は許せる。また、許せないとこの映画は、付いていけない。
男になりたい。男になって女の子と恋をしたいのが主人公ジェニーの願望。そのために家族、仕事仲間はおろか、恋した彼女にさえ徹底的に虚偽の事実を作り上げ、嘘で嘘を塗り固めていく。傍目には愚行だが、ジェニーの必死な気持ちは十分に伝わってくる。だからと言って先行きに希望が見えないのは、主人公に独立意識がないことと、相手の少女が14歳という年令から。クライマックスは感動的だが、僕が求めるようなファイナルではない。公開される可能性は五分五分なので、これ以上は書くまい。
ちなみに、僕にはジェニーをイメージさせるような知人(友人ではない)が近所にいる。ルックス的には完全に男となって社会生活を送っている。生活基盤が出来上がっているのだ。つい先頃、可愛らしい女名前から空想上の動物をとった猛々し過ぎるほどの男名前にチェンジした。周囲の人間は「アイツは本当は女だ!!」と陰では冷ややかに噂しているものの、本人は一向に気にしていない。ホルモンの関係か、薬の副作用か知らないが、朝方によく鼻血を出していた。それでもめげずに仕事をしている“彼”を僕は尊敬している。本作を見ながら“彼”を思い出して見ていたことは当然のことだ。ジェニーを見ているとき、今では男の中の男みたいになってしまったあの“彼”も、昔はこんな時期があったのかもと勝手に納得する僕だった。
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加藤久徳(映画ライター)
「Tru Loved」
レズビアンの母親を持つ16歳の女子高生トゥルーが、フットボールのスターを夢見る黒人の同級生の頼みで、彼がゲイであることを隠すために、恋人の振りをするというややこしい物語。爽やか系青春映画の側面こそあるが、前面に立つのはゲイ開放人権宣言のためのPRである。同じ青春の苦悩を扱いながら、香港映画『この愛の果てに』とは製作規模も思考も全く違う。アメリカ映画『トゥルー・ラブ?』には南カリフォルニアの暖かな陽光が全編にみなぎる。香港のじめついた湿気がない。この映画の魅力は1にも2にもその明るさだ。
とはいえ、フットボールのスター選手にカミングアウトした人がいないからと、白人の女の子に恋人依頼を出す黒人少年なんて、公民権運動の時代を考えれば信じられない変革。黒人差別は今もアメリカに根深い事実だから、南部周辺ではこの映画は上映が可能なのか? あまりにも明るいがゆえにこの映画は、おとぎ話に見えた。この映画の二日後に『アウトレイジ』を見てしまってからは、本作はゲイと黒人差別撤廃のためのダブルPR映画と僕は思った。
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加藤久徳(映画ライター)
「End of Love」
金もなく、家族もなく、学歴もない、独りぼっちの若者のいく果ては?
ハンサムであるがゆえに体を売ることを覚え、友達との友情のゆえに麻薬を覚えたとしてもそれらは人生の一断面にすぎない。主人公にはまだ先がある。しかし、それが映って見えないのは、フィルムメーカーたちが自国(香港)の将来に希望を抱いていないからだろうか?
社会性や風俗も覗いてみえた『美少年の恋』が懐かしい。
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加藤久徳(映画ライター)
「Outrage」
同性愛者でありながら、それを隠し、または否定しながら議員活動を続ける政治家のことを“クローゼット議員”と呼ぶそうだ。本作はそれを真向から暴露するゾッとするような告発ドキュメンタリー。まもなく任期が終わる大統領の半生を描いた『ブッシュ』(09)なんかよりショック度は尋常ではない。名指しされる議員たちはジェンダーな人たちから見れば、二重生活を送る仮面の男たち。僕らが映像から提供される情報から考えれば、軽蔑すべき奴らだが、さて、それ以外の公の部分ではどうなのだろう。私の部分だって本当のところは分からない。編集も巧みで、メッセージが強烈であるだけに、最後まで持っていかれてしまったが、その後はどうなったか、あるいはどうなるのか、実に気になる問題作。
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加藤久徳(映画ライター)
「CANDY RAIN」
台湾映画は鈍臭い。という僕のイメージがここでも最後まで息づいていた。女の子どうしのラヴストーリーを4話のオムニバスとして描くスタイリッシュな物語。扇情的でエキセントリック。しかし、テンポもリズムもハーモニーも感じない。
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加藤久徳(映画ライター)
「Patrik,age 1.5」
今映画祭のプログラムは、2009年現在のゲイ社会の実情をかなり反映させていて、解かりやすい。今現在、同姓婚を認める国が8カ国ある。そのうちのスウェーデンとスペインの映画が今回入っていおり、両国ともそれを頭に入れておかないと分からない仕組みの映画になっている。スウェーデン映画『パトリックは1.5歳』は、養子縁組みを望むゲイカップルを主人公にしていて、最初からすでに結婚した二人として現れるから一応納得いくのだが、カップルの年長の方は、妻娘を捨てて離婚した男というイメージが最後まで付いて回るから、幸せな結婚を果たして養子をという状況が日本人の目には弱い。いわゆる不倫を声高に認めた映画とも見えるのだ。その分、興味深い展開になったのも事実だ。
世界でもっとも豊かな晩年を送れることになっているはずの北欧スウェーデンの、閑静な住宅街が舞台。その見事なほどに画一的な家々に住む人々との地域コミュニケーションが本作の核になっている。1.5歳ならぬ実は15歳の不良少年パトリックを演じる俳優は少年時代のドルフ・ラングレンはこんな風だったのではと思えるような容貌でなかなかいい。つまり、今は繊細だが、成長するとゴツゴツした偉丈夫になるということだが(笑)。
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加藤久徳(映画ライター)
「I Can’t Think Straight」
国籍は英国映画。ロンドン在住のパレスチナ系ヨルダン人女性タラとインド系イギリス人女性レイラの恋物語である。出演者は全編英語で喋り、基本的にはロマンチックコメディである。宗教(イスラムとクリスチャン)と文化の違いが濃厚に出ているものの、さほど固さを感じないのはやはり英語で作られているせいだ。いくら国を出て実業家として成功を納めた金持ち一家の話とはいえ、お国言葉が一言も出てこないのはある意味不自然。この映画、一種のスクリューボール的雰囲気を醸し出しつつ、家庭間、民族間の約束事が出てこない。外国人に見せるためにひたすら英語で突っ切っていく。シナリオもまた、言語的に違和感を出さないように工夫はしている。突っ込みを入れるとしたら、ヨルダンの遺跡を訪ねたレイラが自分の友達と話す短いシーンは、たぶん本来はインドの言葉なのではないかと疑う程度。何れにしろ、民族的なものを言語によって映画に求める人には少々不満かも。
僕が最後まで楽しめたのは、登場する女性陣がみな奇麗だったから。ささいな部分はどうでもいい。そんな映画だ。
知り合いの中年女性が「あんなヨルダン女のどこがいいんだ」と怒りまくっていたが....。
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加藤久徳(映画ライター)
「An Englishman in New York」
「アイ・アム・エイリアン~」で始まるスティングの同名曲のモデルになったという老作家クエンティン・クリスプのアメリカ時代を描く伝記的映画。映画『エイリアン』で知られるマニア的名優ジョン・ハートがニューヨークのエイリアン(異邦人)演じるなど、それこそマニアの僕には絶妙のキャスティングである。
たった75分の映画だが、時代の推移を巧妙におさめた脚本の上手さと、気品すら漂うジョン・ハートの好演で最良の映画となった。見終ったあとの余韻も大きい。年号こそ出てこないが、映画『トッツイー』(82)の登場で時代が特定出来る。その後に現れる“エイズ禍”だが、同時代的に当時、自分が友人の一人に「エイズって知ってる?」と、真顔で聞いたあの頃が思い出されて懐かしい。ストレートの目で見れば他人事の世界であった。主人公がトークショーでエイズ問題を問われたとき、「あんなのは流行病よ」と一蹴するシーンは、今だからこそバカなことを言ってと思える言葉だが、当時の僕がそれを聞いたら「フ~ン。成程ね」と相槌を打ったと思う。リアルタイムなんてそんなもんだ。この『イングリッシュマン・イン・ニューヨーク』を感動的な映画と平然と書けるようになった。僕も世の中も変わった。
ロバート・デ・ニーロに負けない肉体派成りきり俳優J・ハートは、最初から老人を演じているが、20年間の肉体の衰えを肌にも声にも足取りにも表現して見事。熱演も多いのにオスカーには無縁。アカデミー協会は彼を差別しているのか?
※作品評 無料公開中

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作品評はすべて加藤久徳(映画ライター)

●イングリッシュマン・イン・ニューヨーク
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●ストレートじゃいられない
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●パトリックは1.5歳
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●キャンディレイン
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●アウトレイジ
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●この愛の果てに
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●トゥルー・ラブ?
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●ファロへの道
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●ルー・ダイアモンド・フィリップスの『アザーズ』(ボーイズ短編集)
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Author:れがあるF
 新作映画の公開に先立ち、映画会社は宣伝のため、「試写室」と呼ばれる映写施設で上映会を行なう。
 これは「試写室」に出入りすることを許された、映画を見るプロたちが推薦する最新作をランキング形式で発表する企画。 すなわち、真の必見作がここにある!

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